名古屋大学大学院医学系研究科
ベルリサーチセンター産婦人科
産学協同研究講座
医療法人 葵鐘会の経営理念の中には『基礎医学への学術的な貢献』があります。
これを実践すべく、経験豊富な研究者をかかえ、最新の実験設備を用いて、
当該研究所における主要な研究(※以下①~④参照)を、名古屋大学産婦人科学教室と協同で行っております。
本研究講座では主に腫瘍グループ、生殖生理グループ、周産期グループ、
麻酔科グループに分かれ日々研究に取り組んでおります。
それぞれ研究内容の一部をご紹介させていただきます。
葵鐘会の持つ膨大な分娩データをもとに、研究を行っています。
共焦点レーザースキャン顕微鏡 細胞、組織の三次元情報を取得できる顕微鏡装置です。
徹底した衛生管理のもと、最新の実験設備の中で様々な研究を行います。
細胞1つ1つの特徴を解析でき、その異なる特徴を指標に細胞を分離できる装置です。
DNA、タンパク質を化学発光法、蛍光法などにより検出し、画像を取得、解析する装置です。
インキュベーターと共焦点顕微鏡システムが一体になった機器。長時間のライブセルイメージング観察が可能です。
細胞、組織の遺伝子発現量を定量的に解析する装置です。
世界レベルの研究成果が産まれる様に、スタッフ一同頑張っています。
麻酔の目的は、手術中の患者さんの苦痛を取り除き安全に管理することです。
より安全に質の高い麻酔を行うことを目的に、以下の基礎研究を行っています。
手術は、体に傷をつける行為なので当然痛みを伴います。その痛みを和らげることが麻酔の大きな目的の一つです。患者さんの痛みを軽くするために、麻酔や局所麻酔薬などの鎮痛薬が神経の側に投与(ブロック)されたり、また点滴で血液中に投与などされたりします。痛みを軽くするために使用している、麻酔薬および局所麻酔薬の血中濃度の測定法の確立を目指しています。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)という装置を用い、血清検体中に含まれる麻酔薬の濃度を測定します。この手法を用い得られたデーターをもとに、より安全かつ十分な鎮痛法を開発することが主な目的です。
周術期に起きる大きな合併症の一つである肺水腫(肺に水がたまり、肺での酸素のとりこみが悪くなる)があり、患者さんの予後が悪くなる因子の一つです。我々は、肺水腫の機序の解明を目指しています。肺水腫の発生を抑えるまたは悪化を避け、患者さんの予後を良くすることが目的です。
手術中には鎮痛・鎮静・筋弛緩を目的に様々な組み合わせの麻酔薬を用いますが、がん細胞に与える影響は未解明な部分が多いです。そこでがんの外科手術に用いる麻酔薬の効果的な組み合わせを提案するために、培養細胞に麻酔薬を暴露しその増殖や憎悪性について解析を行っています。
女性の社会進出に伴い、出産の可能性を広げるための生殖医療技術の向上は重要な課題となっています。我々は卵巣組織の一部を体外で培養し、卵胞発育~排卵までの現象を培養下で再現することによって、人工的に卵子を取得するための研究、技術開発を行っています(図参照)。現在、この卵巣組織培養技術を用いて、卵巣内で卵胞が発育~排卵まで至る過程を顕微鏡下で連続的に観察することによって、卵胞発育、卵子の成熟、排卵など卵巣内で周期的に起こる現象の制御メカニズム解明に取り組んでいます。
また、応用面ではこれらの研究成果を卵巣凍結保存技術と組み合わせる事によって、若年齢層の女性がん患者など卵巣機能に影響を与える可能性のある治療を受ける方が、治療後に妊娠・出産できるような新規医療技術の確立を目指して研究に取り組んでいます。
マウス卵巣組織片を培養し、卵胞発育~排卵を人工的に起こさせた。
排卵された卵子には第一極体の放出も観察できる。
赤矢印、青矢印は同一卵胞を示している。
腫瘍グループは、婦人科系がん治療に貢献するために、その悪性化機序の解明を目的に研究を行っています。特に、転移・浸潤、上皮間葉転換、がん免疫という方向から取り組んでいます。
転移・浸潤はがんの悪性度、予後に深く関わっています。逆に、転移・浸潤さえ無ければ、がんは治療し易いとも考えられます。卵巣がんでもっともよく起こる転移は腹膜播種です。我々は、腹膜播種抑制を目的に、卵巣がんの転移・浸潤に関して、特に上皮間葉転換に関する研究を行っています。上皮間葉転換(Epithelial Mesenchymal Transition, EMT)とは、上皮細胞(Epithelial cells)が上皮としての性質を失い、間葉系細胞(Mesenchymal cells)に形態変化する現象で、生物の正常な発生過程において、初期胚の原腸陥入、器官形成過程など、その重要性が明らかになっています。しかし、がんという病気においては、このEMTが、がんの悪性化に重要な役割を果たしています。つまりEMTによって、細胞間接着が失われ、運動性が亢進し、転移・浸潤を起こし易くなる、と考えられています。
現在、腫瘍グループでは卵巣がんにおける転移・浸潤、EMTの機序を明らかにするために、既知の誘導因子、転写因子の解析を行い、さらに新規誘導因子、新規転写因子の探索も試みています。
がんは元来私たち自身の細胞だったものが、外的・内的要因によって、制御を外れてしまった細胞群です。本来でしたら、私たちの免疫系により排除されるはずです。実際に、ほとんどのがん化した細胞は、体の免疫系によって排除されます。しかし、一部がなんらかの機序によって、免疫系による排除を回避し、増殖を続け、がんと呼ばれる病気に発展してしまいます。したがって、がんに対する免疫のメカニズムを解析することは非常に重要です。ここから得られた知見により、近年注目されている免疫療法の新しい標的が見いだされる可能性もあります。
これらのテーマにおいて、我々は、"子宮頸癌の予後とB7-H4の発現との相関"、及び"卵巣がんに対する免疫治療の標的としてのGPC3の有用性"に関する論文を発表してきました。
周産期とは、妊娠の後半から、赤ちゃんが生まれて約1ヶ月までの間を指す言葉です。私たち周産期グループは、周産期の妊婦さんや赤ちゃんが罹患する様々な疾患発症メカニズムの解明・新規治療法の確立を目指して基礎研究を行っています。特に「妊娠高血圧症候群」と「早産」という疾患に注目し、名古屋大学産婦人科学と共同で研究を進めています。
妊娠中に発症する妊娠高血圧症候群や癒着胎盤では、胎盤を形成する絨毛細胞の浸潤が異常であることが明らかになっています。また、妊娠高血圧症候群では反血管新生因子であるsFLT-1、sENGの発現が増加することが明らかになっています。私たちは、これら疾患発症の分子メカニズムを明らかにし、新規治療法を確立することを目指しています。具体的には、sENGの分泌を制御する因子の探索やsFLT-1、sENGを産生する絨毛細胞の分化に注目しています。
妊娠高血圧症候群や早産などの産科合併症は、妊婦さんと赤ちゃんに障害を起こすこともあり、簡便で高精度な母体血による早期診断システムの開発が期待されています。私たちは、葵鐘会を利用されている妊婦さんの血液サンプルを用いて、産科合併症の発症を予知、早期発見、予防するための診断マーカーの探索をおこなっています。
がんの治療には、がん細胞の一般的な生物学的特性(例えば高い増殖能力)を標的とした治療法と、個々のがんの特性を標的とした治療法があります。近年の目覚ましい分子解析技術の発展によって、がんという疾患の多様な特性が次々と明らかとなってきました。多様ながんの特性の解明に伴い、新たなバイオマーカーや分子標的治療法が生み出されています。将来的には、バイオマーカーによる詳細な診断、多様ながんの分子機構に則った標的治療法により、患者さんは個々に合った最適な治療(テーラーメイド医療)を受けられるようになると考えられます。私たちは、婦人科系がん分野において、その治療を目指した研究活動を行っています。実際には、大学病院の臨床検体を用いて最新の遺伝子解析技術により婦人科系がん特異的な分子の探索を行い、培養細胞や実験動物を用いた解析によって、新規診断法・治療法の確立に取り組んでいます。私たちの研究は、臨床検体から得られた知見をもとにしたものであるため、研究結果は患者さんの利益に直結するものと考えています。患者さんのそばに立った研究であることを心がけ、日々研究活動を行っています。
*臨床検体を扱う際には学内の倫理委員会の許可を得ています。*
卵巣明細胞がん21検体についてゲノム増幅が引き起こされている領域をarray based CGH法により特定した。この領域では6検体でMet遺伝子を含む領域が増幅している。Met遺伝子は細胞増殖やアポトーシス(プログラム細胞死)抵抗性などに関連があると報告されている。